宮本輝著『錦繍(きんしゅう)』を読みました。
この本に出合ったのは、20年以上も前のことです。
『錦繍(きんしゅう)』は、大人の恋愛、大人の感性、大人の世界を描いた作品です。
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宮本輝の作品が大好きだった母が、涙を流しながら読んでいた小説です。
『錦繍(きんしゅう)』を避けていた理由
当時私はまだ中学生で、その本の表紙の絵のインパクトだけが強く残っています。
表紙の絵は有元利夫の『遥かなる日々』という作品で、その当時有元利夫の展示会があり、母と一緒に行ったことを思い出します。
母は39歳で亡くなりました。
有元利夫さんも39歳で亡くなっています。
私は、『錦繍(きんしゅう)』の本を見るたび母を強く思いだし、悲しくてたまらない気持ちになるので、意図的にこの本を遠ざけていました。
そんな私に2つの偶然が重なり、『錦繍(きんしゅう)』を読むチャンスがきました。
読むための覚悟が必要な作品だと思っていたので不安もありました。
それは、自分が若すぎて、深い理解ができなくて、何も感じとれなかったらどうしよう。
また、一度だって深く女性を愛したこ経験がないから、その喜びや苦しみを身体に感じることができないだろう。
母をひとりの人として見たとき、自分はそこまで母と向き合えていない。
だから、だから母が、涙を流しながら読んでいたこの小説は、ただ読んで終わらせないためにすべきことがあると思っていました。
オーバーかもしれませんが、私にとって、母の死への禊です。
1つ目の偶然
女優の石田ゆり子さんが、雑誌のエッセイの中で『錦繍』を推薦されており、それがTwitterなどのSNSで話題になったことです。
https://twitter.com/somethingtoblue/status/1358763154252066819
石田ゆり子さんは『錦繍』を何度も読み返していると語っていて、今でも心響く言葉がそこにはあるのだと、気になりだしたのが始まりです。
2つ目の偶然
2つ目の偶然は、富山からやってきた友人と会話をしていたときのことです。
『錦繍』作者の宮本輝さんも富山県出身ということもあり、
地元愛に熱い彼女は宮本輝作品に詳しく、その中でも1番好きなのが『錦繍』だと話していました。
彼女は私に、読んだことがあるか?とたずねましたが、母のことが理由で読んでいないことを説明しました。
彼女が『錦繍』を初めて読んだのは富山大学の文学部在籍時代で、10年前のことだということです。
その当時は富山の学生マンションで一人暮らしを始めたばかりの彼女は、大学に好きな男性ができ、恋愛真っ最中でした。
彼女は、人文学の教授のことが好きになってしまい、実現の望みが薄い恋愛に苦しんでいたときに大人の男性が何を考えているかを参考にしようと『錦繍』を読み始めたそうです。
この話をきいたとき、母がなぜ泣きながらこの小説を読んだのか知りたくなったのです。
錦繍を読んでの感想
この物語は、元夫婦の星沼亜紀と有馬靖明の往復書簡で物語が進行する。
便箋を用意したり、テーブルに座って書かなければいけなかったり、書いた手紙を投函したりと、手紙を書くことは思いのほか手間がかかることだと思った。
今だったら、メールやLINEなどにとって代わるので、こうした手間のかかる手紙のやり取りをしていことに時代を感じるとともに、強い想いも感じられる。
生きている事と、死んでいる事とは、もしからしたら同じかもしれない
最初のやり取りでは、お互いの言いたいことを言い合い、現在の自分の不幸な境遇への恨み節をなすりつけているようで痛々しかった。
しかしさまざまな業の果てに、この一節の想いにたどり着いていく過程が、静かで美しかった。
母の想い
母も、言いたいことを言い合うスタイルの性格で、父に限らず多くの人とやり合うことが多くあった。
母はその度に悲しんだり、愚痴をこぼしたりしながら立ち直っていった。
自分の気持ちに蓋をする人にとって、母は鬱陶しい存在だったかもしれない。
しかし、他人を責めたり、否定したりするのではなく、その人の本心と向き合いたいだけだったということが分かった。
私はこの蓋をするという行為を誰かに開けてほしいとどこかで願っていたことに気づいた。
人は、苦しみから逃れたいと考える生き物ですが、何かのきっかけでそれに立ち向かおうと思える瞬間がやってくるようです。
その時は、つらくて、苦しくて、嫌だという感情が沸き起こってくるものですが、しっかりとかみしめて味わえば次に進んでいけるものだと気づきました。