舟を編む:レビュー

個性的なキャラクター

馬締光也は玄武書房に勤めています。
営業部では変人として持て余されていましたが、人とは違う視点で言葉を捉えることができる馬締は、辞書編集部に迎えられることとなります。

新しい辞書『大渡海』を編む(制作する)仲間として迎えられたわけですが、定年が近いベテラン編集者。
そして日本語研究に人生を捧げる老学者。
徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男などなど。

様々な人と出会いますが、そこで運命の女性と出会います。
個性的なキャラクターたちの中で、馬締は辞書の世界に没頭します。

「言葉」という絆を得て、彼らの人生ともいえる辞書が編まれていきます。
ですが、問題が山積みの辞書編集部。
辞書は完成するのでしょうか。

なんてマイナーな題材なんだ

「辞書作り」と「ドラゴンを倒す旅」であれば、ドラゴンを倒す旅のほうがかなりメジャーなテーマではないでしょうか。
これまで、辞書作りという題材で描かれた小説はありませんでした。

それでも、そんなマイナーな題材で一世を風靡した作品が、「舟を編む」です。
ただ辞書を作るだけなのに、飽きさせることなく最後までひっぱる力はまさに三浦しをんの作風だといえます。

小説にはそもそも、参考文献など使うことはあまりありません。
ですが、「舟を編む」には参考文献の出典がたくさん書かれています。

それだけ調べて、取材もして。
三浦しをんの調査力が伺えます。

辞書を作るには必要な技術と知識があります。
ですが、それで1冊の本を作ろうなどとうてい事足りません。

それを補っているのが、数多くの登場人物。
脇役ながらも繊細なタッチで巧みに物語の重要な人物として描かれている登場人物もいます。

内容としては、もしこの本を3分の1にしてしまって、辞書を作るところだけを抽出したとしたら面白くない作品となってしまうでしょう。
辞書を作るだけではなく、それぞれの人間関係や心情が繊細に描写されているからこそ、最後まで飽きずに読める本なのだといえます。

主人公のラブレターが素敵!

言葉ってこんなに面白いのかというほどの趣が込められています。
ネタバレを含みますが。

たとえば、主人公が恋い焦がれる女性に贈ったラブレター。
そこでは、「謹啓」から始まる言葉が並べられています。

「吹く風に冬将軍訪れ間近なるを感じる、今日このころですが、ますますご清栄のことと存じます」
なんてこれがラブレターなのか?と一瞬疑うものがあります。
女性からは、「読解に時間がかからないような現代風にして」と言われるほど。

何気なく使っている言葉、そして何気なく使っている辞書ですが、言葉には深い意味があり、言葉では言い表せないほどの心情が詰まっています。
辞書を作るというか、言葉を愛している人たちの情熱に感動します。

辞書は結局、無事完成しますがそれだけでは終わらなさそうです。
次への伏線がはられているように思えてしかたがありません。

膨大な量の言葉のチェックは、ただの地味な作業です。
ですが、紙の質にまでこだわっているのですから驚きです。

辞書の紙質をおかしいと思ったことはありませんか?
一般的な本の紙質と違い独特なぬめり感があります。

あの紙質だからこそめくりやすく、親しまれやすい。
そんな国語辞典に込められた思いに、この小説を読んだ後にはふと国語辞典を触りたくなるものです。